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私のカウンセリングの師であった吉田哲は、まさに稀代の臨床家であったといえます。
亡くなった今になっても、吉田に並ぶ臨床家はいないといえます。
生前の吉田は、時折(気が向くと)自分のカウンセリングの録音と逐語を教材にします。
そして、自分のカウンセリングの面接に対し、微細な解説や分析を惜しげもなく披露してくれました。
例えば、自分が応答する時の感覚などを言語化するのですが、当時の私には理解するのが難しいものもありました。
よく言っていたのは「頭ではなく心で聞け」ということでした。
「ここ(心)で聞けるようになると、深い面接ができるようになるんだ」
笑みを浮かべながら放つ吉田のその言葉に、当時の私はただただ圧倒され、混乱し、先が見えない暗澹たる思いにつつまれるだけでした。
吉田からすると、自分が感覚的(無意識的)に実践していることについては、それ以上の言語化は出来なかったのだと思います。
もしくは、あえてわかりにくい表現として、私たちに「あとは自分で辿れ」と言いたかったのかもしれません。
いずれにしても、私は「その答え」が欲しくて、いろいろな試行錯誤をしたものです。
その中で、吉田が言語化している感覚を理解するヒントになる文献を手にすることになるのです。
それは、吉田が若い頃、自分の師である友田不二男と並ぶほど尊敬していた臨床家、遠藤勉氏の著書でした。
吉田が存命中の頃、私は吉田が主催するエンカウンターグループの合宿に何度か参加していました。
その合宿中の夜は、参加者と吉田が宿の一つの部屋に集まって、皆で酒を酌み交わすのです。
その席で話される吉田の思い出話は実に興味深いものがありました。
その席で吉田は、遠藤勉氏の話をしてくれました。
「私は若かった頃、友田不二男に師事したが、もう一人師事してもいいと思える臨床家がいた。
遠藤勉という人で、友田と同じくらい尊敬していたし、力のある臨床家だった。
当時は佐治守夫、伊藤博といった実力者がたくさんいた。
しかし、友田不二男と遠藤勉さんは、そうした他の臨床家の二段も三段も上をいっていた。
とにかく”動き方”が全然違っていたんだ」
その話を聞いて私はすぐに遠藤氏の著書を探しました。
とうの昔に絶版になっていた著書を探し続け、ついに手に入れることができました。
昭和40年頃に岩崎学術出版社から出版された「カウンセリングと人間観」など、数冊です。
それらの本の中に、カウンセリングの応答について、こんな記述がありました・・・・・・・
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